三ツ星最高の料理以前にも触れましたが私はたまに都心に出掛ける際、
食事は専ら帝国ホテルやパークハイアットなどのホテルを利用します。

「ホテルの食事って、高いんじゃないの?」

そうですね。高いです。飛びぬけて。
しかし高いなりの理由がちゃんとあります。

私は食べること以外、他に大した趣味もなく
普段せわしなく動いている分
休日の食事ぐらいはゆっくり摂りたいと常々思っております。

何を食するかも勿論ですが
どのような環境で食事するかを大切にしたいのです。

また、最近はどこのクリニックでも
スタッフのホスピタリティーを向上させるため
航空会社の元CA(キャビン・アテンダント)などが主催する
接遇セミナーを実施するところもあるようですが

接遇のいろはを学ぶのにホテルを外すわけにはいきません。

清潔感に満ちた彼らの振舞いは俊敏であり、そして極めてエレガントであり
見習うべきことが山ほどあります。

ホテルでの食事といいましても
帝国ホテルには、直営・テナント合わせて13ものレストランがあり
それこそ和洋折衷、状況に合わせどこにしようか悩むのが
また愉しいひと時であったりします。

その中でも利用するその殆どを占めているのは
やはり帝国ホテルの味そのものといえるレストラン「ラ・ブラッスリー」。

以前にもご紹介しました、「舌平目のグラタン エリザベス女王風」
「シャリアピンステーキ」 は、こちらで食することが出来ます。

時代を経ても変わらぬ味は、店名の通り「伝統」という言葉の重みを感じさせます。

ホテルには、そのホテルの顔となる「メイン・ダイニング」が必ずありますが
「ラ・ブラッスリー」は帝国のメイン・ダイニングではありません。

かつて帝国ホテルには、「フォンテンブロー」という
ホテルを代表するシェフ、ムッシュ村上こと 
村上 信夫さんがシェフを務める日本のフレンチの礎を築いた名店がありました。

フォンテンブローなきあと、帝国ホテルのメインダイニングとなったのは
本館正面に美しく飾られた、装花の奥の階段を上がった左側にある
「レ・セゾン」であります。ここはかつて
「プルニエ」という魚料理をウリにしていたレストランでした。

フランス語で「四季」を意味するこのレストランは7年前、
かつてのフォンテンブローに肩を並べられるような本格フレンチを復活すべく
フランス・シャンパーニュ地方の三ツ星レストラン
「レ・クレイエール」のフランス人シェフ、ティエリー・ヴォワザンを迎え入れました。

余談ですがフランスでは、星を獲得するために料理人はそれこそ心血を注ぎ
とりわけ二つ星から三ツ星に昇格するには
料理の味、サービスはもちろん
食事をするための華を添える設えや建物(いわゆる箱)が
昇格への鍵を握ってきます。

かのスリースターシェフ、ムッシュ ピエール・ガニエールは
二ツ星から三ツ星に昇格しようと巨額の借金によりシャトー(城)を購入し
見事三ツ星に昇格を果たしたものの
返済に追われ三ツ星レストランを倒産させてしまったという逸話があります。

三ツ星とは、それほどの特別な存在なのです。
(その基準からしますと、日本ではおよそその価値に値しないような
???のつくお店にまで乱発している感が否めないのは
発行元の商業主義的な事情を感じずにはおれません。)
ヴォワザンシェフは帝国ホテルからのシェフ就任要請を受け、
やるからにはと本腰を入れるために自宅を売却し、
家族を連れて東京においでになったそうです。

当時のフランスでは、「日本の帝国ホテルがフランスの至宝を持っていってしまった」
とまで報道されました。

冒頭にも触れました通り、私は帝国での食事のほとんどを
ラ・ブラッスリーで摂っておりましたが、一度はメインダイニングである
レ・セゾンに行ってみようか、ということで伺ったのが最初でありました。
そして今回、ヴォワザンさんの師匠である前述の「レ・クレイエール」
オーナーシェフ、ジェラ-ル・ヴォワイエ氏がゲストシェフとして来日、
一夜限りの晩餐会を執り行うとのホテルからのお誘いを受け.
喜び勇んで行ってまいりました。

ご覧の通りさすが本場のスターシェフ、神々しいまでのオーラを放っております。。
私もオーラは小さいほうではないと思いますが^^
一緒のフレームに収まると、まるで私が借りてきた猫みたいです。。。
お忙しい中、気さくに記念撮影に応じていただきました。(Photo.1)

さて、肝心のお料理ですが・・

今までに食したフレンチとは、次元の異なるお料理の数々でしたと
表現すればよいのでしょうか。

三ツ星最高の料理ヴォワザンシェフは「日本人の味覚に合わせる調理はしない」
ことを条件に、日本に来ることを決断されたんだそうです。

永らく続く健康志向の中、モダンフレンチとうたわれるぐらい
近年のフランス料理は素材を主体とし味、ソース共に軽めの傾向にある中
決してしつこさを感じさせないものの
その存在を静かに主張する、ずっしりとした感のソースが印象的でした。

また調理法も独特で、赤座海老は殻をむきラップした状態で
中温に長時間くぐらせることで火を通す手法で調理した海老は
生とも半生とも言えぬ、極めて独特な食感でした。

また今回特に愉しみにしていたのが本日のメインディッシュであります
ヴォワザンシェフのスペシャリテ(得意料理)、
「トリュフのパイ包み焼き」 LA FAMEUSE TRUFFE CROUTE (Photo.2)

三ツ星最高の料理ソースに細かく刻んだ黒トリュフを惜しみなく使用し、
更にパイの中にはフォワグラに包まれた
トリュフがゴロッと丸ごと一個入っており、(Photo.3)
薫り高く仕上げられた逸品はサーブする帝国マン曰く、
「世界一優雅で高価なソース」だそうで。

しかもこのお料理、発案者がヴォワザンシェフの師匠である
ヴォワイエシェフその人なのであります。

日本に、東京にいながらにして
本場シャンパーニュのスリースターシェフの渾身の一皿を食せる幸福感は
それはもう、他に例えようがありません。

そう、このレストランはサービスは帝国の120年の永きにわたり
脈々と受け継がれてきた、最高のホスピタリティと
本物のフレンチを食すことの出来る、
最高の舞台なのです。

まさに「日帰りシャンパーニュ弾丸ツアー」^^

「フレンチ風」と「フレンチ」は、全くの別物なのだということを
ここに来ると改めて思い知らされます。

美味しゅうございました^^

また一つ、本物を体験した一夜でございました。
人間の記憶ほど曖昧なものはありませんが、
舌の記憶ほど確かなものもこれまたありません。

3日前に食したものを覚えておられる方はそれほど多くないでしょう。

しかし、ここで食したお料理は全てが鮮明に記憶に宿ります。

価格破壊の世相の中で、価格の高いものに対し理解しようとせず
コンビニやファミレスで育ってしまった人たちには価格だけが目に付くのでしょうか、
あるいはまた、ユニクロなどのファストファッションの台頭により
カジュアルスタイルが当たり前になった現代では
黒のタキシード姿のウェイターの「いらっしゃいませ」と
深々と頭を垂れて慇懃(いんぎん)に迎え入れるかしこまったスタイルが
受け入れられない世相に、歯科界の行く末を案じてしまうのは私だけでしょうか。
メディアでは何かにつけ知性の欠片も感じられないようなタレントやモデルが
メディアに露出し、「セレブ、セレブ」と冒頭に付け報道するような記事を
それこそ頻繁に目にしますが、
「本物とは何であるのか」を知らずして
安易ににそのような言葉を乱用してほしくないと
呟いてしまうのは私だけではないことを願います。
帝国ホテルには、親子二代、三代に渡り
贔屓にされておられる方々が少なくありません。
親から子へ、子から孫へ、家族が一堂に会して
帝国ホテルで食事することで、自然にマナーや作法、そして
ブレない、本質は変わらない本物が何であるかを伝えていくことで
「良家」というものは構築、伝承されていくのでしょう。

以前のコラムでもお話しましたが、
亡父もそのことを私に伝えたかったのだと思います。

「子供(私)が大きくなったら、フォンテンブローで
ムッシュ(村上 信夫前総料理長)が調理したフレンチを一緒に食す」ことが
亡父の悲願だったのでしょう。

その願いははかなくも叶いませんでしたが
その父の想いは、わが子へと繋いでまいりたいと思います。

「人が人として優れた、完成された人」に至るには、
100年という歳月ではあまりにも短いのかもしれません。

私自身、まだまだ人として未完成ですから、
今後も弛まず切磋琢磨してゆこうと思います。